Remember me

クエスチョニングでAジェンダーの映画感想書庫(にしたいけど、どうなるでしょうか)

【ムーンライト】静寂の中から生まれる痛みと優しさ、強く自分を取り戻す


(抽象的かつ直接的なネタバレがちょこちょこ有ります。)

 

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仕事帰りにレイトショーで見てきました。

この映画は、『夜』に、『一人』で見ると決めていた。

最近、『誰かと見たい映画』『一人で見たい映画』の線引きが自分の中ではっきりしてきた気がする。

見る前から決めることは正解とは思わないけどね。

 

あらすじ─

 

シャロン(アレックス・ヒバート)は、学校では“リトル”というあだ名でいじめられている内気な性格の男の子。ある日、いつものようにいじめっ子たちに追いかけられ廃墟まで追い詰められると、それを見ていたフアン(マハーシャラ・アリ)に助けられる。フアンは、何も話をしてくれないシャロンを恋人のテレサ(ジャネール・モネイ)の元に連れて帰る。その後も何かとシャロンを気にかけるようになり、シャロンもフアンに心を開いていく。ある日、海で泳ぎ方を教えてもらいながら、フアンから「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」と生き方を教わり、彼を父親代わりのように感じはじめる。家に帰っても行き場のないシャロンにとって、フアンと、男友達ケヴィンだけが、心許せる唯一の“友達”だった。

映画『ムーンライト』公式サイト

 

実は、あらすじに目を通したのは1度きりで、予告動画も見ていなかった。

劇場で知ることが全てで、そうであってほしいと願っていたから。

 

あらゆる事柄はマジョリティとマイノリティに別れていて、それは、あくまで『別々』だというだけで、善悪とか是非を判断する材料ではないと思う。

 

主人公のシャロンは、マイノリティを複数抱えていた。

母子家庭、いじめ、麻薬、貧困、肌の色、そして惹かれた相手は親友のケヴィン。

麻薬に溺れる母親から暴言を吐かれ、

学校ではいじめにあい、

父親のように接してくれていたフアンは麻薬の売人だった。

 

この映画は三部構成で、

PartⅠ  リトル

PartⅡ  シャロン

PartⅢ  ブラック

から成る。


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パートとパートの間はかなり年数が経過していて、その経過した時間の中でもかなり大きな出来事がいくつも起きている。

それに対して、詳しい説明は特にない。

どうして?がたくさん生まれるけど、それを自力で紐解いていくことも、この映画の一部なんだと思う。

 

先述した複数のマイノリティについて、パート1ですべてが描写されている。

リトル時代にこれほどの出来事を迎えた彼の自我は非常に脆くて、形成されるのに長い時間が必要だった。 

正直、こんなに辛いなら自分の手でそれを終えてしまわないか、シャロンのパート辺りからそわそわした。 

 

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それでも彼は生きた。

自分を、弱さも丸ごと受け入れて、誰かを代わりに傷つけることもなく、静かに強く生き続けた。

リトルパートでフアンがシャロンに語る話が、タイトルのムーンライトに基づいているんだけど、その後の台詞が映画の根幹だと思っている。


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それからもう1つ、何度も何度もシャロンが劇中で繰り返す印象深い台詞がある。

 

───────「何も知らないくせに」

 

これは、自分もマイノリティとして生きてきた中で、何度も何度も呟いたことがある。心の中でね。誰かに面と向かって言ったことはないなぁ。人を傷つけるのが怖いんだよね。

 
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シャロンは時には悪態をつきながら、時には涙を流しながら、この台詞を全パートで吐いた。

ありがちかもしれないけど、もうこの言葉以外では表せない。

 

 

例えば何か辛い出来事が1つ、起きたとする。

そこで生まれる感情は1つではないし、過去の出来事にも自分のアイデンティティにも、いくつも複雑に絡み合って、言葉では表せないものに身体が支配される。

でも、他人からしたら、『今目の前で起きたその出来事1つだけ』からしか、当人の気持ちは汲めない。

今目の前で起きたこと、目で見たこと、耳できいたこと、それしか知らないのに、辛かったね、苦しかったね、と声をかける。

 

ほぼほぼ、他人の気持ちを知り得ることなんて無理に等しい。

どれだけ寄り添っても、その人が生まれてからこれまで、見てきた景色、投げられてきた言葉、きいてきた音、出会ってきた人別れてきた人、全てを知らないと出会えない知り得ない感情が必ずある。

 

それを知った。受け止めた。

その事実と向き合えば自ずとわかる。

誰しもが、自分のことは自分にしか決められない。

 

もうシャロンは自分に嘘をつかなかった。

自分の道を、決断を、誰に委ねることもなく、強く自分を取り戻した。

母親と向き合い、ケヴィンと向き合い、確かに自分の人生を自分のものにした。

フアンとテレサの揺るぎない愛情も大きな力だったと思う。


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痛みを伴いながらも静かに強く生きる姿はとても美しかった。

ブラックパートで逞しくなったシャロンに、

リトルパートでのケヴィンの台詞が呼応する。

「ほら、お前はやっぱりタフだ」


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つらつら書いたけど、触れてないことがあった。

映像と音楽がすごく綺麗です。

残酷なシーンでもその美しさに惹かれます。

劇場のど真ん中で見るのがおすすめ。


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フアンとの海でのシーンがお気に入りです。

 

シャロンとケヴィンの関係については、素敵だなと思いました。

つらつら書くのはなんだか勿体ないからそれだけ。

恋愛ってなんなんだろうね。人と人とが時間をかけて繋がっていくことなのかな。

フアンと恋人のテレサの関係もすごく素敵でした。

 

あ、セクシャルマイノリティ要素のシーンについて、あまり言及していないけど、まあこの作品の中ではセクシャルだけがマイノリティじゃないからね。

 

ケヴィンが女の子と親しく(親しいどころじゃないけど)してるのを聞くシーンでのシャロンの複雑な気持ちわかるー!せつねー!とか、ありきたりだから書かないよ。

 

しいて挙げるなら、リトルパートでシャロンがフアンとテレサに、「オカマってなあに?」って聞くシーンは涙が出た。

二人のような答えを返してくれる大人、自分が幼かった頃には出会えなかったな。

 

こういうタフな映画を見ると、自分甘ったれてんなもっとしゃきっとしろよって思ってしまう癖が抜けないんだけど。

あくまで前向きに、自分も自分を取り戻していきたい。

シャロンより時間がかかりそうだけどいつかは必ず。

 

ラストシーンはこれまでにないスタイリッシュさで、格好よかった。

シャロンのこれからには静かな幸せが待っていると信じたい。

 

 

 

【LA LA LAND】夢を叶える、ただそれだけ

観賞後に感じた最初の感情は『辛い』。

この言い難い辛さを誰かも感じていないかと思って、珍しくすぐに感想をぐぐってしまいました。

 

Another Day of Sunを歌うハイウェイのシーンは公開前からよく流れてきていたのを見ていたけど、まさかあれで始まると思ってなかったので驚きました。

L.A.には2度行ったことがあるけど、あのどこまでも広がる大地の中にどこまでも続くハイウェイを思い出してすごく懐かしくなった。

L.A.は本当に大好きな場所。特別な時間を過ごしました。

 

映画本編は本当に予想していないラストで、終わったときは少し脳の処理追い付いてなかった。

そこからじわじわ、ゆっくり、液体が浸透していくようなスピードで感情が起き上がってくる。

 

この映画のストーリーは"夢を叶える"。それに尽きる。

思い描く夢、叶えたい夢は人それぞれで、その先に待つ幸せの形も人それぞれ。

二人はそれぞれの夢を叶えた、それは歴とした事実。

それでも、セブが最後に思い描いたあのフラッシュバックが、現実だったら良かったのにと思ってしまうのはきっと自分の心がまだ幼い証拠だなぁと思う。

 

ミアのことを少し。

オーディションを受けては落ち、ようやく一次試験を通過したと喜んだ矢先、二次では相手にもされず嘆く。コネクションが必要だと同居している友人が言う。招待状はあると歌う。

会場に行って、繋がりを持とうとするミア。ここでもなかなか上手くいかない。

 

セブは、レストランでBGMを演奏する。クリスマスの夜。支配人の言うことを聞きながらも、自分の求める音楽の表現に指が走る。

我に帰るも支配人からクビを宣告され、声をかけるミアのことも無視して店を出る。

 

セブとセブの姉との会話から察するに、セブは自分の音楽-ジャズ-を突き詰めて、恋愛は後回しにしているようだった。一方では、音楽のこととなると店への執着もすごい。家でもピアノを弾くシーンが何度も出てくる。

 

ミアはどうだろう。セブに脚本を勧められた後は自宅やカフェで仕事をするシーンが出てくるが、それまでは、車の中で受けるオーディションの台本を読むシーンがあったくらい。

セブと違って恋人もいる。それでも、フランスに住む叔母とのエピソードや、実家の自室が映るシーンから、女優に憧れ続けているのは紛れもない事実。

 

夢に対して熱量に差があるわけではない。

 

セブは、店を開くため、そしてミアを安心させるため、バンドに加わった。

ミアは、一人舞台が失敗したとき、これ以上辱しめは受けられない、と泣きながら実家に帰った。

 

二人の違いが一番、如実に出ているのはここだと、個人としては思う。

 

セブは夢を叶えるための才能を、その知識、努力、時には自己犠牲で補った。 

ミアは、才能を持っていた。補う必要もないくらいの才能を。

 

有名ディレクターに目をつけられる、それだけが、彼女が夢を叶えるために欠けていたこと。

才能があったから、一人舞台の演技を評価されオーディションに呼ばれたし、才能があったから、アドリブの演技を認められた。

 

二人はラストで結ばれなかったけど、お互いの人生において二人の出会いはかけがえのないものだった。

セブと出会って、彼がすすめていなかったら、ミアは脚本を書かなかったかもしれない。一人舞台もせず、オーディションだけを受け続けて、落ち続けて、実家に帰っていたかもしれない。

ミアと出会って、ミアと彼女の親との会話を聞いていなかったら、安定を求めてバンドに参加していなかったかもしれない。

預金は増えず店を持てなかったかもしれない。

彼女が考えてくれた店の名前も、あのネオンの看板も、生まれないまま終わっていたかもしれない。

 

夢を叶えるために必要な出会いだった、例えそれが結ばれなくても。

 

セブが最後、ピアノから顔をあげて、ミアに向けて笑顔を見せてくれたこと。

すべてが集結した表情で、救われました。

 

 

幼い頃、夢を問われると色々な答えをしてた。私の答えの9割はスーパーヒーローになりたい、だったけど。

テレビで見たのか実際に誰か言っていたのか覚えていないけど、「お嫁さんになりたい」という答えがあったな。幼心に違和感MAXだった。

お嫁さんになる=誰かと結婚する、誰かって誰だよ?

 

不特定多数でも、そうでなくても、"誰か"がいないと成り立ち続けない夢は夢ではないのかな、と今回思った。

自分の夢は自分だけのものだ。それを叶えられたらどれだけ豊かな時間を過ごせるだろうなぁ。